魔女への裁判



 石造りのがっしりした建物に大勢の人々が両脇に集まって座り、一人の女性を取り囲んでいました。
ここは法廷。罪を犯した人を裁く場所です。
そして、今回裁かれるのはその魔女でした。

 その魔女は美しい顔つきとは裏腹に、今まで多くの人をさらい、街を壊したくさんの宝物を盗んでいきました。
それも全て、魔女が自分の命を永遠のものにするための実験のために必要な物で、それを思うがままに奪い、人も物もその実験の為に元通りにはならなかったのです。
 そのため、勇敢な戦士たちが彼女の住む館に向かい、彼女を捕らえたのです。
ただ、その館には漂っているはずの妖気も暗さも、魔女を守る化物たちも何もいなかったそうでした。
その館にあったのは、明るい日差しが入り込み、森の中の様などこか怖さがあるものの人を安心させるような雰囲気だったと、戦士たちはその後に語ったほどでした。よくわからない懐かしささえ館にはあったと戦士の一人が言うほどに。
あるはずの邪気は全く無く、そこへ向かう途中の森も以前はあった禍々しさがなく、子どもたちが遊びながら森から出てきそうな感じだったのです。
 また、この法廷にいる女性も、顔つき以外あの魔女らしさはありませんでした。
服は立派な物なのに、きちんと着られておらず少しはだけてさえありました。神には寝癖が立ち、化粧もしていません。
何より、冷気を発していた表情は、全ての肩の荷を下ろしてぼんやりしているような、単なる女性にしか見えなかったのです。
 別人にさえ思えます。
そして、魔女は座り込んだまま何の抵抗もせず、戦士たちに連れて来られたのでした。

 魔女は、裁判官の話をぼんやりとしたまま聞き、それに一切の反応がありませんでした。
何か答えるようにと言われても、不思議な物を見ているかのような表情を浮かべるだけ。
皆が偽物かと思いましたが、彼女の腕には魔女以外つけることの無い複雑な印がありました。
明らかに彼女は魔女なのですが、どうしても彼女は魔女に思えません。
 盛り上がりに欠けたまま裁判は終わり、魔女には死刑が言い渡されました。彼女がぼんやりしたまま終りました。
不意に一人の男が彼女に向かい、消えない怒りのあまりに自分の革靴を投げつけました。
でもそれは、彼女に当たったものの彼女の体に水面に物が落ちた時の様な波紋が広がっただけで、なぜか彼女の体を通り抜けて、床に落ちたのでした。

 その後、何度も何度も彼女には死刑が執行されました。
しかし、死にません。
 剣で切りつけても、槍で突いても、首を締めても、ただ彼女の体に水面の様な波紋ができるばかり。
手ごたえ無く貫通するのです。
 次第に、彼女は刑務所に入れられたまま人々から忘れ去られていきました。
彼女の姿が変わらないまま永い年月が流れ、服の原型がわからなくなった頃、大雨の日に彼女はいなくなりました。
 看守が言うには、格子窓から外を眺めていた彼女は、そのまま窓に吸い込まれるように外に出て行ったと言います。
総出で魔女を探しまわりましたが、見つかる事はありませんでした。
 唯一、一人の幼い少女が裸の女の人が嬉しそうに川に流されていったと言っただけです。

 再び、魔女のいた館に入っていた戦士は、ひとつの本を見つけました。
それは、永久の命を持つ水になるための本でした。
自分自身の全てを水にする事で、永久に生き続けるというのでした。
 その本の最後のページには、
「姿は変わらず、
 永久の命を得るものの、
 全ての記憶は水のように流れ去り、
 積み上げし全て物も流れ去り、
 体もまた流れ去り、
 言葉も無くし、
 一人の無垢なものとして、
 豊穣の時を過し行く」
とあったのです。

 魔女の見も心も全ては水となり、彼女は永劫の時間、水の中で遊ぶのでした。


 

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